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ブラジルで、元ストリートチルドレンだった男性が最高裁判所の弁護士に

イズマエウ・バチスタ

「ただただいろんなものに見入っていました。一日中ぐるぐると歩き回りました。本当に魅惑的でした。子供ってそんなもんですよね。きれいで、たくさん飛行機がありました。最近では皆が飛行機に乗りますが、当時、1991年頃はお金を持っている人だけの乗り物で、とても高かったのです。すべてが今とは違っていましたが、その風景がとても好きでした。夜になっても帰る気にはならず、『自分はここにいよう』と思いました。家に帰らないとなると、寝る場所を見つけなくてはなりませんでした」

イズマエウさんは寝場所として空港のロッカールームを見つけた。

「ここだ、と思い、中に入って寝るスペースがあるかどうか確認しました。最近その場所を見に行きましたが、何も変わってなくて笑ってしまいました。右側の一番新しいのはやや大きいですが。とにかくロッカーは開いていて、入るのにカギは必要ありませんでした」

最初の何日かは、シャツの中に腕を入れて寒さをしのいだ。空港の職員と仲良くなると、毛布、枕、タオルを手に入れた。時々お昼ご飯も食べることができた。時々、空港内の旅行者の代わりにカートを押してお駄賃をもらったりした。

空港で生活していた間、2回ほど児童保護施設に連れて行かれたが、すぐ逃げて空港に戻ってきた。その間彼は一度も自分の家族に連絡をしなかった。母は何度か彼の写真を持って街を捜し歩いていたという。

「家族を恋しく思いましたが、バスターミナルに住む子供たちが日々見ているほど危険な状況にはいませんでした。バスターミナルとは衛生面で状況が違いました。ドラッグはありませんでしたし、環境は今のストリートチルドレンほどひどくはありませんでした。とはいえ、当時自分では自覚はありませんでしたが、僕はホームレスの子供だったのです」

空港に住み始めて数か月して、イズマエウさんはのちに養子先の姉となる若い女性と知り合うことになる(次ページへつづく)

(文/余田庸子、写真/Marcelo Camargo/Agência Brasil)
イズマエウさんが生活していたブラジリアのジュセリーノ・クビシェッキ空港

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