ユネスコ食文化創造都市・ベレンを支える絶品チーズ
2018年 05月 25日2013年、日本の食文化が「和食」としてユネスコの無形文化遺産に登録された。以降、日本のみならず、世界中で食文化を含めた食育にさらに注目が集まっているようだ。
無形文化遺産とは別に、ユネスコは、独自の食文化を発展させてきた町を世界中から選定し、それらの町を結ぶ「食文化創造都市ネットワーク」を構築している。
ブラジルからは北部パラー州のベレン市と、南部サンタ・カタリーナ州のプロリアノーポリス市が選ばれている。
ベレンはアマゾン河口の街で古くから商業の中継都市として栄えてきたが、街を行き交うアマゾンの産品、上流から河口までの様々な物産が混ざり合った独自の文化をはぐくんできた。特に食分野の多様性は、アレックス・アタラなどブラジルの美食界を率いる一流の料理人たちを魅了し続けている。
独自の食文化を州経済の振興に生かすべく、ここ10年程、小規模・零細企業支援サービス機構(SEBRAE)パラー支局などが旗振り役となって、官民をあげてガストロノミー投資を推進し、産業を盛り上げてきた。
甲斐あって、2015年、ユネスコはベレンを食文化創造都市ネットワークの一角と認定した。
そのベレンの食文化に影響力を持っているのが、アマゾン河口の島、マラジョー島だ。九州ほどの大きさの島で、対岸のベレン市から船で3時間くらいの距離にある。農業畜産が盛んなのどかなこの島で代々作られてきたチーズが食通垂涎の逸品と言われる。
TVグローボが5月6日、アグリビジネス報道番組「グローボ・フラウ」で100年の歴史を誇るマラジョー島のチーズ生産について伝えている。
島のチーズの素は、水牛の乳だ。この地に水牛が初めて持ち込まれたのは19世紀終盤で、耕作や交通手段としての牛車を引くための労働力として導入されたとのことだ。水牛は力があるだけでなく、暑さと湿気に強く、水との親和性があることが重視された。
水牛は想定通りこの地になじみ、最近の統計では島の住民(約35.8万人)より水牛(約37.6万頭)のほうが多い状態だという。島では現在でも警官は水牛にのってパトロールしている。
島のソウレ地区にあるミロンガ農場を営むゴウベイア夫妻は伝統的なチーズを生産している。
「私の祖父はポルトガルからここにやってきました。ポルトガルにいるときに乳製品を扱っていたようで、ここに来てからも牛乳で事業を始めました」(カルロス・ゴウベイアさん)
最初は牛乳で事業を始めたが、まもなく素材を水牛の乳に切り替えた。ゴウベイアさんの農場には現在、3頭の牛と7頭の水牛がいる。農場では毎日300リットルの水牛の乳が絞られ、そのまますぐにチーズ工房に運ばれる。
チーズ製造の工程は長い。
まず遠心分離器にかけて乳脂肪を抜く。残ったものを24時間ほど寝かせ、そのあと鍋に移す。この鍋での工程がマラジョー島のチーズ独特の工程だ。通常、チーズは風通しの良い棚などに寝かせて熟成させるが、マラジョー島では熱を加える。鍋の中で牛乳を混ぜるが、分量は全体の15%程度だという。牛乳を加えてから完全に一体化するまでかき混ぜる。一体化した時点で、最初に分離した乳脂肪分を鍋に加えて再び練り続ける。
そしてもちもちの触感の、色つやがよくてすぐ食べられるマラジョー島のチーズが出来上がる。
水牛の乳から作るチーズといえばモッツアレラが思い浮かぶが、仕上がりは全く違う。触感はもっと柔らかく、味が濃い。マラジョー島にしかない味だ。
2013年まではこのチーズは島の外に持ち出すことができなかった。島の生態系、水質、生産者の衛生管理状態等の調査が進んでいなかったため、チーズの品質がどのくらいの距離の移動に耐えられるかがわからなかったからだ。
それまですべての水牛畜産農家は自宅の中庭で細々とチーズを作っていたが、2013年、手作り産品の衛生基準が定められたことから生産体制を大きく変えた生産者が出てきた。
マラジョー生産者組合が発足し、品質の基準を定め、基準をクリアした農家の製品には認定のシールを貼ることになった。一方でSEBRAEは組合の基準にあわせられるよう、農家を支援した。
「基準を満たすことはそれほど難しくはありませんが、いくばくかの設備投資は必要になります。搾乳室だけでなく、チーズ工房もです。基準を満たした生産者は認定済みの看板を掲げることができます」(SEBRAE技術アナリスト、ホジェール・マイアさん)
たとえば、工房に入るときは着替えて入室する、工房には風を通す、など、衛生面に関する規則を守る必要がある。搾乳室でも同様だ。ミロンガ農園は最初に組合から認証を受けた。
搾乳を始める前に必ず床をきれいに洗浄するという規則に対して、ミロンガ農園はコンクリートの床にすることによってクリアしている。作業員の手洗いを徹底し、水牛の腹も搾乳前にはきれいに洗浄する。
2017年、約55トンのチーズが島から外に合法的に出荷された。現在組合の認可を受けたチーズ生産者は7軒。パラー州農畜産業防衛機関(ADEPARA)によると、この産業をさらに振興させるにはもっと多くの生産者と連邦政府を巻き込んでいく必要があるとのことだ。
組合の認証はパラー州内では有効だが、州を超えると無効になるため州外での販売はできない。バラ―州内の需要だけではマラジョー島の他の生産者に設備投資を促す動機付けとしては弱いようだ。
ブラジル全国に世界で通用する品質の高いチーズは多いが、この州外での流通認証システムをクリアできず、ご当地から羽ばたけない名品も多い。ブラジル政府も自国のチーズの価値に気づいており、対応を検討中とはいうものの、遅々として進んでいない。
当面はおいしいチーズを求めて現地に赴く「チーズ行脚」を楽しむことになりそうだ。
ちなみに、マラジョー島のチーズはないが、現在、東京・赤坂のブラジリカグリルがベレンの食文化を体験できるコース料理を提供している。肉や魚などのメイン素材とアマゾンの香草・ジャンブーや繊細なフルーツソースが混じりあい、絶妙な余韻を生み出している。それこそがアマゾンの豊かな恵みのなせる業、なのかもしれない。
(文/原田 侑、写真/Reprodução/TV Globo/Globo Rural)
写真はグローボ系列のアグリ情報番組「グローボ・フラウ」より。TVグローボ系列の番組はIPCTV(グローボ・インターナショナル)で放送中。視聴の問い合わせは、080-3510-0676 日本語対応ダイヤルまで)