パラー州のシェフ、マライア・キャリーにブラジル北部名物「腐ったケーキ」を提供
2025年 09月 19日
ボーロ・ポードリ(直訳すると「腐ったケーキ」)は、ブラジルの伝統的なお菓子のひとつ。日本でもおなじみになったタピオカ(ブラジル発祥のでんぷんの一種)やココナッツを使った、火を使わずに作れるケーキで、家庭でのおやつや、パーティ、お祭りなどで人気の一皿だ。
パラー州をはじめとする北部を中心に親しまれており、ベレン市では、フェスタジュニーナ(6月祭り)のごちそうとしても欠かせないお菓子だ。呼び名は地方によっても異なり、「タピオカのクスクス」、「タピオカケーキ(ボーロ・ジ・タピオカ)」とも呼ばれる。
9月17日、パラー州を代表する料理人の一人サウロ・ジェニングス・シェフが、郷土の味であるボーロ・ポードリ(「腐ったケーキ」)、アサイー、トゥクピーを、マライア・キャリーに届けたと、現地メディア「G1」が伝えている。
現在マライア・キャリーはブラジルツアーのため來伯中で、この日はGloboplay(配信)とMultishow(有料チェンネル)で中継された「アマゾニア・ライヴ2025」に出演。ジェニングス・シェフは、イベントのVIP出演者のための食事を担当した。
「何か驚かせるものを送ってもいいかとアーティストのチームに聞いたら、OKだと言われました」(ジェニングス・シェフ)
アサイーはご存じ、ブラジルのアマゾン地域にのみ自生するアサイー椰子の果実。日本ではスイーツのアサイーボウルがおなじみだが、パラー州を中心とする現地では、甘味は入れず、果実を絞った汁に、肉や魚のフライなどおかずをつけて食べる日常食として親しまれている。
トゥクピーは、マンジョッカ(キャッサバ芋)の絞り汁を発酵させて作った調味料で、ヨーロッパ人が入植する以前から先住民が食していた伝統的な郷土食。近年は“UMAMI”として再評価され、国内外のガストロノミー界で注目を集めている。
そして、ボーロ・ポードリ(「腐ったケーキ」)。
つぶ状タピオカ粉、牛乳、削りたてのココナッツ、コンデンスミルクで作るケーキは、アマゾン地域の伝統的なデザートで、材料を混ぜたら冷蔵庫で冷やすだけ。オーブンを使わずに作れるケーキだ。
名前にあるポードリは「腐った」という意味のポルトガル語だが、もちろんこのケーキは、本当に腐っているわけではない。名前は、この食品の品質や状態とは関係がない。
どうしてこう呼ばれるようになったのか、名前の由来ははっきりしておらず、さまざまな説がある。グローボ放送ネット傘下のベレンの地元放送局テレビ・リベラウの番組「パラー州発」によると、「焼かずに作るにもかかわらず、長期間傷まずに保存できることから『ボーロ・ポドリ(腐ったケーキ)』と呼ばれるようになったと考えられて」いるという。
別の説では、実際にはこのケーキの見た目や食感が、より手の込んだケーキと比べて「雑に見える」ことからこの名前が付けられた、というものもある。
しかし、「ボーロ・ポードリ(「腐ったケーキ」)」というお菓子の名前はポルトガルから伝わった可能性もある。
このお菓子の名前は、アレンテージョ地方、アルガルヴェ地方の修道院で作られていた伝統的なお菓子の中にすでに見られ、16世紀にはすでに作られていたと考えられるという。ただし、ケーキのレシピはブラジルのものとはまったく異なる。名前は同じだが、別物だ。
アレンテージョの「ボーロ・ポードリ(「腐ったケーキ」)」は焼き菓子で、材料は、小麦粉、卵、砂糖、蜂蜜、オリーブオイル、さらに風味づけにオレンジの皮やシナモンやクローブなどの香辛料、蒸留酒なども使われていたようだ。ただしこちらも名前の由来ははっきりしていない。一説によると、長期間保存しても品質が落ちにくいことから、「腐っていても食べられる」という逆説的なニュアンスから「腐ったケーキ」と呼ばれるようになったという。
次第にポルトガルの他の地方にも広がった「ボーロ・ポードリ(「腐ったケーキ」)」は、製糖産業の中心となったマデイラ島にも伝わっているが、マデイラの「ボーロ・ポードリ(「腐ったケーキ」)」は、香辛料の代わりにドライフルーツや砂糖漬けのフルーツが使われた。
現在のところ、ブラジルとポルトガルにおける「ボーロ・ポードリ(「腐ったケーキ」)」を繋ぐ記録は見つかっていないが、どちらも、長期保存ができることからこの名前で呼ばれるようになったという可能性がある点は、共通している。
マライア・キャリーが出演した「アマゾニア・ライヴ」は、「ロック・イン・リオ」の関連イベント。2017年に初めて開催され、今回は9年ぶり、2回目の開催となる。
プロデューサー、ホベルタ・メジーナ氏によると、「アマゾニア・ライブ」は、「ロック・イン・リオ」の持つ社会的責任をより具体的に打ち出しているイベントとのこと。アマゾン地域の植樹活動などと連動している。
環境保護活動と文化イベントを融合させた「アマゾニア・ライヴ」、2025年は、パラー州を流れるアマゾン河の支流のひとつグアマー川の水上に、ヴィトーリア・ヘジア(オオオニバス)をイメージした巨大ステージを浮かべ、水上ステージの上でアーティストたちがパフォーマンスを行った。
「私たちが目指しているのは、アマゾンの自然保護のメッセージを際立たせるための、印象的で美しい映像です。だからこそ、森の中で行うのです」(ホベルタ・メジーナ氏)
巨大な水上ステージは配信と放送の映像のためだけに準備され、観客のいないライヴだった。
この特殊な環境に対応するため、サウロ・ジェニングス・シェフは、いかだを汲んで浮遊可能な水上キッチンを作り、調理を行ったという。
「このイベントは、アマゾンの文化——音楽、食、そしてアマゾンで暮らす人々——を紹介し、歓迎の心を示す絶好の機会です。私は、世界に類を見ない料理であり、国際的にも知られるようになったアマゾン料理を通じて、少しでもイベントに貢献できることを嬉しく思います」(サウロ・ジェニングス)
(文/麻生雅人)