【Entrevista】MMAファイターにインスピレーションを与え続ける音楽家プレガドール・ルオ

2022年 10月 20日

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プレガドール・ルオ(写真/Divulgação)

ブラジル人ファイター、クレベル・コイケが10月23日に福岡県福岡市マリンメッセ福岡にて開催されるRIZIN.39で、満を持して牛久絢太郎の持つRIZINフェザー級タイトルマッチに挑む。クレベルはRIZINに参戦してから5連勝。これまですべての試合を一本勝ちで飾っている。

そんなクレベルの入場曲は、プレガドール・ルオ(Pregador Luo)の「ジャ・ポッソ・スポルタール(Já Posso Suportar:わたしは耐えることができる)」だ。

クレベルは入場時に美しいピアノのイントロで始まるこの曲を、時に口ずさみながら、時に涙を見せながらゆっくり歩いてリングに向かう。以前、この曲についてクレベルに直接尋ねたとき「この音楽はとてもわたしを感動させる。試合の日はこの曲を聞くよ」と返信が返ってきた。

クレベルを感動させるこの曲の歌詞では、どんなことを歌っているのか? この世界観やブラジルや日本のことなど、歌の作者であるプレガドール・ルオに独占インタビューを敢行した。

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プレガドール・ルオ(写真/Divulgação)

プレガドール・ルオことルシアーノ・ドス・サントス・ソウザはサンパウロ生まれのラッパー、作曲家、プロデューサーで、MMAの世界で一種のインスピレーションを与える存在と言われている。

プレガドールは、日本語で宣教師や伝道師、説教者を意味する言葉。クリスチャンであるルオらしいアーティスト名だ。

ブラジルMMA界では絶大な人気を誇り、彼を慕うファイターも数多い。日本でも地名度の高いビクトー・ベウフォート、ヴァンダレイ・シウバ、リョート・マチダもルオに入場時のテーマ曲を依頼していた。

ルオはノゲイラ兄弟のジムで心理士を通じてクレベルと知り合い、連絡をとるようになったという。クレベルはRIZINに参戦する前に契約していたポーランドのMMAプロモーションKSWで試合をする際、ルオに「わたしはあなたのファンです。入場時にあなたの曲を使っていいですか?」と話をしたという。クレベルはのちにKSWでフェザー級王者になっている。

ルオは当時のことを、次のように振り返った。

「ポーランドでMMAはそれほど知られていないのに、8万~9万人もの観客がいて、そこでクレベルは王者になった。彼はいつも自分の『ジャ・ポッソ・スポルタール』という曲を聞いてくれていた。詩を理解すると、心に訴え、家族や精神に訴えてくる。彼は自分と同じくカトリックなんだ。ブラジルを離れてずいぶん経つのにブラジルの曲を聞いて、わたしの曲を選んでくれて、自分の曲が世界に広まって本当に嬉しい」

地球の反対側にある、MMAの聖地の一つであるさいたまスーパーアリーナに自分の曲が流れたことについては「さいたまスーパーアリーナのイベントは、本当にすごかった。舞台はMMAも含め、日本の文化を表していた。スクリーンもあって、大観衆で埋め尽くされていた。曲は選手のために制作したわけではないけど、わたしの曲を聞いてくれていたね。クレベルはブラジル人であり、日本人であり…でも僕らはブラジル人だと言っているんだけど、ずっと勝っているし、嬉しいよ」と笑って答えた。

多くのブラジル人ファイターがルオの曲を入場時に使用し、慕っている理由については本人にもわからないようだ。

「分からない。人は基本的に愛すべきもので、彼らがわたしのことを好きで、愛してくれているのは、もしかしたら自分から出ている光によるものなのかもしれない。わたしが話す言葉や行動が、彼らの心に届いているということだろうね」

ルオは、自らの表現はすべて“真実”だと語る。

「いつもわたしが思っているのは、自分の持っているものを、興味やお金、名声と引き換えにしないと考えていることだよ。もしお互いに交換することがあるとしたら、お互いにとってポジティブなものでなければいけない。だからそのようなことを自分の曲に表現するようにしていているし、多くの人はわたしのことは音楽を通じて知っているので、自分の音楽で表現していること、書いていることを自分自身の姿勢として持つようにしている」

「そうすると、わたしを知っている人は、歌ったり、話したり、意見を言ったりしていることは、すべて真実だと分かる。なぜなら、これが自分自身だから。すると自分に対する愛はもっと深くなっていき、リスペクトやまとっている光が広がっていく。それを自分の人生の中でいつも探している。だからただお金を儲けたい、有名になりたいとは思わない。仮面をかぶった人間ではなく実在する人物としてより良いものを、交換していきたい。だから、彼らが自分をリスペクトしてくれ、愛してくれるようになるのだと思う」


ルオにとっては「情熱を持ち、人生にとってとても大切なもの」だというMMAと、自らの表現方法の一つである音楽がクロスオーバーするのは自然なことだという。

「音楽とMMAがクロスオーバーしているのは当たり前だよね。まずは音楽のリズム感。はやいリズムから少しずつゆっくりになっていって、ぶつかり合うところがある。MMAは、距離を保ちお互いを見ながら考えたり、マットに倒れたり、立ち上がったり。このようなことは2つのエネルギーがうまく調和しているということだと思う」

「例えば、ボクシングのトレーニングで、打ち合っているときに、バ、バ、バー、バ、バ、バーって、音がするよね。ヒップホップも同じなんだよ。分かるかな? エネルギーのぶつかり合いなんだよ。ヒップホップのリズムが、彼らの戦いの打ち込むリズムに入っていって、深く落ちていく。力強さと早さが合わさっていき、一緒になっていく。話している言葉にはメッセージがあるんだ。ポジティブな言葉、命令のような強い言葉、リラックスする言葉、精神的な言葉。これらを1つの曲に使うと、力強いものになる。そうするとファイターや働いている人の頭に入り込んでいき、やがて力が湧いてきて、やる気が起こるようになる」

「だから音楽、スポーツや文化一般は、ポジティブなものであるべきだし、そうなることで世界はより良くなっていくと思う。だからできる限りわたしの音楽とMMAをクロスオーバーさせることは、それぞれを高め合っていくと信じている」

また、ルオは創作活動においてのインスピレーションは日々の生活、人生から得るという。

「人生はインスピレーションを得るには良いものだ。でも、生きる事はすごく苦しくて、難しい。悲しみ、戦争、ウィルス、経済格差、人種差別もある。でもそれらをよく見ていると、世界はそんなもののためにあるのではないと分かる」

「だから、人々があきらめの中で、日常に起こっているこれらのことを当たり前だと思って生活していたとしても、わたしは当たり前だと思いたくない。世の中で起こっている全てのことに目を向けなければならないし、戦っていかなければならない。でもそれは暴力ではなく、議論のような方法で取り組んでいかなければいけない。多くの人々があきらめてしまっているとしても、中にはより良くしていきたいと望んでいる人もいるし、大切なエッセンスを守りたいと願っている人もいる。だからわたしもそうありたいと思っている。わたしが生まれる前から生きていた、歴史の本に名前が刻まれている人たちに敬意を払い、現代に生きている人も、世の中がより良くなるために何かしていかなくてはならない」

互いを理解して認め合い、尊重し合うことが大切であり、一人一人の想いや姿勢が世界を変える力になる、と説く。

「わたしはクリスチャンなので、精神はやはりキリストにある。キリストや聖職者を信じている。仏教や他の宗教からも学ぶことができるが、キリストを信じている。それでも他の全てのものもリスペクトしなければいけないと思っている。なぜなら世界はキリスト教だけ、イスラム教だけ、仏教だけというわけではなく、人間は世界を分かち合っているのだから。だから自分はポジティブでいる必要があるし、刺激を持ちながら、信じていなければいけない。神は我々を守ってくださっているけれど、一人ひとりの姿勢が世界を動かしていき、困難に立ち向かわせるのだと信じている」

ラッパー、そして伝道師や説教者として表現していくことへのモチベーションを持つために大事にしていることは「自分の居場所を持つこと」だという。

「社会だけではなく、文化や態度、着ているものも含めて、それぞれ自分の居場所があるよね。説教者はただ目の前の真実を話すだけじゃなく、自分の人生や生き様、経験ついて話したり、世界を見て感じたりしている。そういう人って必要だと思う。ただ聞いたり真似するだけではなくて、言葉にして話してくれる人が必要だよね。反対したり、違う意見を言ったり、信じる政党が異なっている人がいることも必要だよ」

「説教者は宗教のことだけを語るのではなくて、社会活動に参加して、なぜ今このような道を歩んでいるのかと、これから先にどうやって向かっていったら良いのかを理解しなければならない」

「わたしが見ているのは、社会格差、夕日の美しさ、キレイな海、花や女性。そして本や詩、映画。それらすべてがモチベーションになり、それぞれが影響を与え合っている。芽が生えて花が咲けば影響を受けるし、潮の満ち引きも影響し合っている。ではなぜ、自分が影響を与えてはいけないのか、なぜ自分が考えていることを言葉にしてはいけないのか、人生の中で動いてはいけないのか。このようなこと全てがモチベーションにつながるよ。口に出して言葉にするだけではなく、荷物をスーツケースに入れてオーストラリアに行ったり、日本に行ったり、誰かがブラジルに来たり。それは自分のやり方で感情を表に出しているのだし、思いを表しているのだと思うよ」

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プレガドール・ルオのアルバム「エフェメロ・アテンポラウ」(写真/Divulgação)

YouTubeで「Puregador Luo」の名で検索すると、ルオの歌は山ほど出てくる。

「『エオリコ・ヴァポール(Eólico Vapor:風の蒸気)』という新しい曲もあるので、ぜひ日本のみなさんにも聞いてほしい。『エフェメロ・アテンポラウ(Efêmero Atemporal:儚い永遠)』という新しいアルバムには『Eólico Vapor』だけでなく、異なるタイプの曲も入っている。すごく詩的で、今までと違うと思うので、チェックして欲しい」

日本への感謝の念を告げてインタビューを締めくくった。

「クレベル達が、自分の音楽の人気を日本で高め、広めてくれて、感謝しているよ。特にわたしが子供のころに、スペクトルマン、ウルトラマンセブン、アニメではスピードレーサー(「マッハGo Go Go」)など、日本がもたらしてくれた素敵なことにも感謝している。日本のテクノロジーやPRIDE(以前存在していた日本の格闘技プロモーション)、MMAは特別だよね。それらを通じて、こうやって日本という素晴らしい国を知ることができているからね」

そして、クレベルと共に抱いているという一つの夢を打ち明けた。

「クレベルとはいつか彼が入場する時に、わたしがライブで歌うことについて話しているんだ。いつか実現させたいよね」

プレガドール・ルオ  公式サイト:
http://www.pregadorluo.com.br/
Youtubeチャンネル:
https://www.youtube.com/channel/UC0oyE89x1u6VEExWQXQ96BQ
Spotify:
https://open.spotify.com/artist/1dpUJl5huB5mtceAbK2E2r

(文/Viviane Yoshimi)